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大洲和紙は、愛媛県の大洲地方、喜多郡内子町五十崎、西予市に結びつく手漉き和紙の名である。五十崎では、小田川と地下水が原料を浸す、洗う、紙料を漉舟で動かす、湿紙を圧す、乾かすという工程に入り込む。大洲半紙を含みながら、書道用紙、障子紙、奉書、傘紙、提灯紙、製本紙、美術紙、凧紙までを包む広い紙のまとまりである。
小田川は内子町小田地区を源流とし、肱川に注ぐ支流で、大正時代の終わりまでは川船が行き交う水路でもあった。五十崎で作られた大洲和紙も下り荷として運ばれた。手漉き和紙は大量の水を使うため、原料を浸し、繊維を洗い、漉舟の中で紙料を整え、湿紙を乾燥へ移すまで、小田川周辺の水と地下水が工程を支えている。
大洲半紙は、楮を原料とする書道半紙のような紙として伝わる。大洲和紙の名の中には、半紙、障子紙、奉書、傘紙、提灯紙、製本紙、美術紙、書道用紙、凧紙が入る。書机、障子、灯り、装丁、美術制作、凧へ広がる使い道が、五十崎周辺の紙づくりを暮らしの細部につないでいる。
平安時代の文書には伊予国や喜多郡の紙が現れ、天暦四年の文にも喜多郡の紙の数量が示されている。江戸時代には、大洲藩のもとで岡崎治郎左衛門が御用紙を漉き、元禄期には越前和紙に関わる技術指導が広がった。紙役所や楮役所も置かれ、紙と楮の管理が地域の産業を支えた。
大洲和紙の主原料には、楮、三椏、雁皮、麻、わらが含まれる。漉舟では、その紙料にトロロアオイまたはノリウツギから作るねりを加える。職人は竹製またはかや製の簀を桁にはめ、流し漉きで簀桁を前後に動かし、繊維を絡ませながら厚みを整える。水、植物繊維、ねり、簀、手の揺れが重なり、一枚の紙に均一な表情が生まれる。
工程は、楮、三椏、雁皮などの原料を水槽で数日間浸すことから始まる。柔らかくなった原料を二から三時間煮沸し、水洗いの後、約一週間の水さらしと日光ざらしを行う。漂白後は、人の手で未漂白の繊維や細かなごみを取り除き、叩解機で繊維をほぐす。漉舟で紙料とねりを混ぜ、湿紙を重ね、圧搾し、板干しまたは鉄板乾燥で一枚ずつ乾かし、選別と裁断へ進む。
大洲和紙は室内の静けさと屋外の風の中で使われる。書道用紙は筆墨を受け、障子紙は部屋の光をやわらげ、表装用紙、製本紙、美術紙、ちぎり絵、絵手紙では手で裂いた繊維や重ねた色、和紙の手触りが生きる。毎年五月五日のいかざき大凧合戦では、大きな凧が強い風圧を受けるため、丈夫な大洲和紙が紙面に用いられる。
明治時代の五十崎地区には、農家の副業を含めて四百軒以上の手漉き従事者がいた。昭和に入って大きく減少し、二〇二二年には五十崎と旧大洲藩の地域に少数の工房が残る状況となり、後継の課題も前に出た。現代の一つの用途として、金属箔を大洲和紙に貼り、壁紙、ランプシェード、額装作品、ホテルの内装に用いる仕事があり、漉舟から生まれた紙が壁や灯りの表面へ進んでいる。
大洲和紙の輪郭は、小田川の水、浸した楮や三椏、トロロアオイやノリウツギのねり、竹やかやの簀、板干しや鉄板乾燥という具体的な手順の連なりにある。大洲藩の紙づくりから少数の工房が担う現在まで、書道、障子、凧、表装、美術、箔の室内表面へ、五十崎周辺の水と植物繊維と手の動きが続いている。
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英語では Ozu washi paper と表記されます。
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大洲和紙は愛媛県の暮らしの道具です。公的な登録、地域の資料、楽天の販売中商品と照合し、産地との関わりや特徴を整理しています。
多くは常温で日もちし、箱入りで持ち運びに強く、贈りものや持ち帰りに向いています。最終的な保存・配送条件は楽天の商品ページでご確認ください。
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