手塗漆) 丸盆 10.0 -4102- お盆 トレー 丸盆 丸トレイ 春慶塗 飛騨高山 飛騨春慶 工芸品 岐阜県
飛騨高山匠工房 あんき屋
5.0 / 3件のレビュー
¥11,220
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情報は69 日前に更新
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飛騨春慶のはじまりは、およそ四百年前の高山城下に置かれている。社寺造営に携わった高橋喜左衛門が、打ち割った木の木目に目をとめ、蛤盆を作ったことが出発点として語られる。その盆は成田三右衛門の透き漆で仕上げられ、木地の表情が漆の下に残った。木、加工、漆塗りの手元が、そのまま表面に現れる漆器である。
飛騨春慶の起点には、慶長年間の高山城下と一つの蛤盆がある。高橋喜左衛門は社寺造営の折、打ち割った木の木目に心を動かされ、それを蛤盆に作って、第二代高山城主金森可重の子である重近、のちの金森宗和へ献上したとされる。御用塗師の成田三右衛門が透き漆で塗り上げると、その色目が「飛春慶の茶入」に似ていたことから、春慶塗の名が結びついた。割られた木、盆の形、木目を隠さない漆が、この起源の中心にある。
飛騨春慶を見分ける手がかりは、漆器の表面に木地の木目が見えることにある。透明な漆を用いるため、素材の見立て、木地の加工、漆塗りまでが一体となって仕上がりに響く。高山市は、時を重ねるにつれて漆が次第に透け、美しい木目が浮き出てくるとも述べている。茶器、花器、食器、家具のどれであっても、時間の中で木と漆が一緒に見えてくる。
江戸時代末期から明治にかけて、飛騨春慶は重箱のような角ものに生かされた。重箱には平らな面、直線の縁、蓋、角があり、透き漆の下の木目がそれぞれの面に沿って見える。蛤盆の起点から、食卓や収納の道具へと広がる流れを、角ものの形が具体的に示している。年代だけを追うより、重箱という形を見るほうが、木地、漆面、使い道の関係が伝わりやすい。
大正から昭和初期にかけて、飛騨春慶は線と円の近代的なフォルムを創出したとされる。重箱のような角ものに対し、線と円の器形では、曲面や細い輪郭に沿って木目が動いて見える。飛騨春慶は、木地を見せる透き漆という条件のもとで、角ばった器物から、線や円を生かした立体的な器物へと形を広げてきた。
飛騨春慶の用途には、茶器、花器、食器、家具が挙げられている。茶器や花器では、手元に近い器として木目と漆の色を見ることができる。食器では食卓の上に、家具では木のインテリアの中に、同じ透き漆の表面が現れる。大きさや置かれる場所は変わっても、木地、漆色、器形が暮らしの中で見える点は共通している。
飛騨春慶は、高山で見える作り手のつながりとも結びついている。高山市は飛騨春慶連合協同組合を挙げており、Japan House London の紹介片段では、岐阜県飛騨地域と「飛騨の匠」の文脈の中に飛騨春慶を置き、組合や複数の店名を示している。そこから言えるのは、高山と飛騨地域、組織、塗師、店が重なって見える漆器だということである。
高山城下の蛤盆から、重箱、茶器、花器、食器、家具へ。飛騨春慶は、木地と透き漆を中心に器形を広げてきた。岐阜県高山市という場所、金森宗和や成田三右衛門の名、時とともに木目が浮き出る表面の変化が、一つの漆器の流れの中でつながっている。目に入るのは、漆の下から少しずつ立ち上がる木目である。
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英語では Hida shunkei lacquerware と表記されます。
吸水性のある陶器は、はじめに「目止め」をしておくと安心です。米のとぎ汁(または少量の小麦粉を溶いた水)で弱火で煮てから冷まし、洗って陰干しすると、匂い移りや染みが出にくくなります。磁器は通常、洗うだけで使えます。商品ページに別の記載がある場合はそちらに従ってください。
手づくりの陶器、金彩・銀彩のうつわ、漆器は、食洗機・電子レンジ・食器乾燥機に適さないものが一般的です。耐熱磁器は使える場合が多くあります。個々の可否は楽天の商品ページの表示をご確認ください。
飛騨春慶は岐阜県のうつわです。公的な登録、地域の資料、楽天の販売中商品と照合し、産地との関わりや特徴を整理しています。
多くは常温で日もちし、箱入りで持ち運びに強く、贈りものや持ち帰りに向いています。最終的な保存・配送条件は楽天の商品ページでご確認ください。
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