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信州鎌は、長野県北部の刃物づくりの土地、とくに信濃町の古間と柏原に深く結びついている。基本の形は、片刃の薄刃草刈り鎌で、幅のある鎌身、薄い刃先、厚みを残した背を備える。鍛造された後に打ちのばされた刃は強さを持ち、芝付けとつりによって、刈り取った草が手元へ寄る。山あいの長い冬の副業、問屋からの注文、使い手の声、信濃町の組合、鍛冶場を訪ねる小学生の学びが、この一枚の刃の角度に重なっている。
古間と柏原は、信州鎌を語るうえで欠かせない信濃町の地名である。長い冬の副業として鎌鍛冶業が発達し、火床、鎚、草刈り鎌が山あいの暮らしと結びついた。現在の信州打刃物工業協同組合も信濃町にあり、船岳上、吹野、南仲町、上町、諏訪ノ原、柏原などの集落に、打刃物製作所、鎌製造所、商店が連なっている。
信州鎌は、この地域で独自に発展した片刃の薄刃草刈り鎌を指す。鎌身は幅広く、刃先はとても薄く、背には厚みを持たせる。鍛造された後に打ちのばされることで、強さと扱いやすさを備えた刃物になる。柄を水平に持っても鎌身が斜めに立ち、刈り取られた草が手元へ寄る形は、草地での作業に合わせて整えられた形である。
芝付けとつりは、信州鎌の使い心地を決める具体的な加工である。芝付けは、刃と草の当たり方を整え、刈った草を外へ散らさず手元へ寄せる。つりは、鎌身の曲がりと角度をつくり、柄が水平でも刃が斜めに立つようにする。鍛冶場で決めた角度は、畦や草地で柄を握る手首、薄い刃先、刈り取られた草の流れにそのまま現れる。
信州鎌の始まりは、十六世紀後半の川中島合戦のころ、武具や刀剣を修理していた刃物職人から里の人々が鍛冶の技術を学んだと語られている。十九世紀前半には芝付けとつりの構造が考案され、両刃鎌は片刃の薄刃物へと改良された。戦国期の刃物修理、里の農具づくり、草刈りの実用的な角度が、この時間の流れの中で結びついている。
古間と柏原の鎌鍛冶は、明治末期に年間約八十万枚を生産したとされ、鎌は日本各地へ送られた。その後、農家数の減少、農具の機械化、安い外国産鎌の流入によって、昭和前半まで鎚音を響かせた産地は縮小していく。古間の小坂重夫さんは、使い手に満足してもらえるよう一枚ずつ鎌を作り、問屋や使い手の評判を聞いて改良してきた職人であり、問屋と使い手の減少は手打ちの農具を取り巻く厳しさとして重なった。
信州鎌と信州打刃物を支えるため、信州打刃物工業協同組合は一九八一年に設立され、現在は十名の工房・問屋関係者で構成されている。沿革には、一九八三年に始まったかじやさん体験ツアー、一九八八年の匠の里モデル工房、学校の社会学習がある。小学生が鍛冶場を訪ねる場面では、火、鋼、鎚、刃の角度、草を刈る道具が、地域の産業として目の前に現れる。
信州鎌は、草を刈る動きから見ると輪郭がはっきりする。古間と柏原の冬仕事、片刃の薄刃、厚みを残した背、芝付けとつり、問屋や使い手からの声、一九八一年に始まる組合、鍛冶場を訪ねる子どもたち。長野県北部の農具づくりは、刈った草が手元へ寄るその角度の中に残っている。
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英語では Shinshu sickles と表記されます。
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信州鎌は長野県のご当地食品です。公的な登録、地域の資料、楽天の販売中商品と照合し、産地との関わりや特徴を整理しています。
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